広島城の次は宮島にある宮尾城跡。
実は初日の城攻め予定は広島城だけで、広島に来たついでに厳島神社に寄ってみたら、そのすぐ近くに城跡があった。
宮尾城は厳島北西にある要害山と呼ばれる標高30mの丘を中心に築かれた連郭式平山城。要害山という名前の割には現在は低い丘に過ぎないが、当時は城北部の山麓まで海が迫っており、三方が海に面し、水軍の運用も可能な城であったと言う。
大内氏の被官に過ぎなかった毛利元就は、大内義隆が重臣・陶晴賢に討ちとられた際に独立。しかし、当然ながら新たに大内氏の実権を握った陶晴賢はこれを許さず大軍で攻めてくる。普通に戦えば勝てない元就は、厳島に宮尾城を築き陶方の大軍をおびき寄せることに成功し、嵐の日に奇襲して陶晴賢を討ち取った。この厳島合戦により、独立するだけでなく中国地方の覇権を握る礎を築いた。
宮尾城という名に聞き覚えはなくても、有名な厳島合戦で囮となった城なので、気付かず通り過ぎていたら後悔するところだった。
①宮尾城跡北東面
フェリーターミナルから厳島神社へ向かう道中の観光客向け店舗のすぐ背後にある宮尾城跡。要害山と呼ぶにはあまりに低い山ですぐ落城しそうだが、当時はこちらは海だった。
②本丸跡
観光客向けの店の間にある階段を上がると、すぐ本丸跡に出る。
③二の丸跡
本丸跡の東側にある二の丸跡。現在は今伊勢神社がある。
④堀切跡
宮尾城は三方が海に囲まれているが東側は尾根線で、要害山より高い山に繋がっている。そのため、こちら側は堀切で守られている。
[宮尾城跡マップ]
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