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2013/07/11

田辺城

宮津城跡の次は、田辺城へ。

田辺城も細川藤孝が築いた城で、始めは宮津城を本城としていたが、後にこちらを丹後経営の中心とした。関が原の戦いのときには、西軍の1万5千人もの大軍で包囲されるが、50日間守った城として有名。このとき、忠興が大多数の兵を率いて関ヶ原に行っていたので、守兵はわずか500人程度であった。
京極高知が入封すると本拠を宮津城に移して田辺城は一旦廃城となるが、高知死去後は三人の子供に分割相続されたため、田辺城は再興された。

現在、田辺城跡は舞鶴公園になっており、二層櫓と大手門が再建されている。





①大手門(再建)
本来の内堀だった場所に再建された。同じ再建するなら、本来の場所に再建すればいいのに。
櫓門の2階部分は資料館となっている。



2013/06/17

津城跡

松坂城跡の次は津城跡へ寄った。

津城は、信長の弟・信包によって築城された輪郭式平城。その頃は安濃津城と呼ばれ五層の天守もあったが、関ヶ原の戦いの前哨戦で西軍の攻撃を受けて城内の建造物の大半を焼失した。その後、伊予今治から移封されてきた藤堂高虎によって城の大改修を行われた。この頃から津城と呼ばれるようになり、以後、維新まで藤堂氏の居城となった。

維新後は廃城令により櫓等の建造物は破却され、現在では本丸・西の丸・内堀の一部を残すのみとなったが、「お城公園」として整備され、藩校有造館の正門の入徳門の移築や模擬櫓を再建している。



①内堀と玉櫓台石垣
ここから西之丸に入る。