摂津今城跡の次は、2kmほど南にある普門寺城跡へ。
普門寺城は、三好長慶により元管領・細川晴元を隠居させ幽閉するために、荒廃していた寺に築城したと言われている。(細川晴元が政争の難を免れて自ら入山という説もあるり)
その後、三好3人衆に擁された足利義栄の14代将軍の宣下式が、この城で行われた。
最盛期には、周辺の三輪神社、本照寺、高槻市立富田小学校辺りまで城郭の一部だったが、現在は境内の北側にわずかに土塁跡が残っている程度である。
①普門寺山門
阪急の富田駅から南に15分ほどの場所にある普門寺一帯に城があった。
②土塁跡
普門寺の北側の道路から見える土塁跡が、わずかに城跡っぽいところ。
[普門寺城跡マップ]
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